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雑記

表現者たちの持続的な生き方を考える

人類全社会に新たな評価指標が誕生し、SNS でそれが可視化されるようになって以降、資本主義社会での絶対的な評価軸が唯一のものでない時代が幕を開けました。

今のところ SNS は、群れを離れて核家族化を進め孤立してしまった人々が、その存在意義を埋め合わせるための承認欲求を満たす存在として社会に価値を提供しています。ですが、これは新時代の始まりであり、この先に待つのは従来の価値基準では算出できなかった価値を軸にした経済活動です。

世の中に認められたいという欲求を持った人がいたとします。世に出てプラスの評価をされることによって、自己の存在価値を認めたいとします。その時、前時代で採り得た最も効率的な選択肢は、テレビに出ることでした。
効率的というのは、それが達成された場合に投下したエネルギーの費用対効果が高いという意味であって、誰もが気軽に採用できる方法では決してありませんでした。需要と供給のバランスが狂っているため、全体としては圧倒的に効率が悪く、限られた勝者だけが総取りをする構造です。その限られた勝者には、あり得ないほどの効率の良さが手に入ります。

そこから、SNS や YouTube の登場によって、可能性が開かれました。勝者にとって、効率が下がる選択肢が登場しました。需要も供給も多種多様を極め、多様性の時代に突入したため、単一のコンテンツやブランドでカバーできる範囲はものすごく限定的になりました。しかし一方で、ロングテールが機能し、世界中からニッチが集まり、これまで決して満たされることのなかった小さな要求、偏った要求に応えられる生態系が誕生しました。

テレビの時代に勝者だった者からすれば、非効率で競争過多で、消耗戦にしかうつらないかもしれません。それでも、これまで場を与えられなかったものにとっては、希望でしかないのです。

時代背景がそのように移り変わりました。気づき始めたテレビの世界からも、SNS や YouTube の世界には参入者が相次いてます。今の非貨幣経済的価値、評価経済的価値とも呼べると思いますが、それを投資する先として、非常に効率が良いからです。現時点ではまだ価値観変容の過渡期であり、この投資は有効に機能しています。
つまり、意欲もあり頭の良い人が、広く浅い SNS や YouTube の世界に参入しているわけです。今の価値を使ってレバレッジをかけたブーストをして、スタートダッシュに励んでいます。ささやかな生態系のサイズにしては大きな影響力が短期間に投入されるので、しばらく環境はざわつくでしょう。そこにいた小さな可能性の集まりには、少なからぬ影響をもたらします。

さて、この状況でこの先の世の中に自己の存在を表明するとするならば、表現者にとってどんな選択肢がありえるでしょうか。

ただ意欲だけがあって戦略的行動が取れない人は、旧型の媒体を通じて旧型の市場に出ようとするでしょう。残念ながら、それは考えが足りないと言わざるを得ません。
意欲もあって戦略的に行動できる人は、旧型のメディア、例えばいわゆるテレビ業界、芸能界に依存しない方法で自ら世に出る努力を重ねることでしょう。シュリンクしていく市場を奪い合う芸能界には、意欲しかない人が残るわけです。もちろんその中でナンバーワンになれば、圧倒的に効率の良い成果が得られます。それ以外は、目も当てられないでしょう。

同じ覚悟を持ってリスクをとり行動をするのであれば、自己の戦略で勝負ができる世界の方が、たとえ獲得できる市場規模が小さくなろうが、長期的な収穫は大きいと、僕は仮説を立てています。その視点で、この先は表現者を見届けたいと思います。

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