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雑記

心理的安全性の無い環境で発信を続ける意義

組織の成果に、そしてそこにつながる優秀な人々同士の関係性構築に、心理的安全性がいかにプラスに働いているかについては、もはや改めて取り上げる必要もないほどに自明なことだと認識されているのではないでしょうか。

ステレオタイプ的な見方ですが、いわゆる典型的な日本企業などは、いまだにやはりその重要性を認識していないと思わざるを得ませんが、先進的な企業や成果を上げ続けている大企業、スタートアップなどでは、ここ数年で一気に重要視されるようになったと感じています。

仕事面のみならず、家庭などのプライベードな空間ですら、心理的安全性の意識はもはや必須のものです。優先して、意図的に設計するべき事です。
それほど当たり前に価値を実感する人が増えてきたのにも関わらず、いまだにインターネット上の空間の大半は、それが担保されていません。

インターネットの世界には、ほとんど全く、心理的安全性はありません。2ch/5ch や Reddit は当然として、Twitter もブログも、軒並み危険ゾーンです。
少人数のコミュニティーや、顔見知りの範囲かせいぜいそのまた知り合いぐらいの範囲で閉じているうちは、平和そのものです。インターネットの良さが溢れています。関係性も強化され、メリットの方が勝ります。だから、しばらくの間 Facebook は平和でした。誰もが使うようになって、一気に学校のクラスの縮図みたいになるまでは、一定の需要がありました。
ところがそうなると今度は、馴れ合い空間になり、発言や行動に対する縛りが発生してきます。コメントやリアクションをする人もそのアクティビティーを通して自分のキャラクターを演出する意図が働くため、正確な評価は徐々にわからなくなっていきます。そして、ただただ見せかけの共感を集めるだけの場所になるのです。仲良し空間や、生存のために必要な共感を求めるのであれば、それはよい場なのかもしれません。
どちらにせよ、SNS などのインターネット上のコミュニティースペースには、極端なものしかないのです。

そんな荒んだ社会を見せつけられたら、閉じた世界であるメッセージングサービスが若者にウケるのは当然でしょう。そこで完結するなら、LINE や WhatsApp から出る必要はないわけです。
インターネットなので当然ですよねという顔をして昔からのインターネット住民は見境なしに絡んでいきますが、閉鎖空間からやってきた人たちからしたら、あなたたち誰ですか怖いです、と思われるそんな行き違いのある社会です。Snap や Instagram は、今日もその打開策を追い求め続けています。一方、Slack や Discord は、これまでとは別の括りで閉鎖空間を構築し、新たな生態系を育んでいます。

このことからわかることは、情報にせよ新しい視点にせよ、何か刺激的な新しいものを得たいと考えるのであれば、安全性などないインターネットに参加し発信するしかないということです。誰も傷つかない場所からは、斬新で新しいものは生まれません。
インターネットはまだ発展途上であることに違いはありません。これは現時点での解というだけです。今後より一層、バランスがとれた関係性を築ける場所が誕生してくれることを期待しています。

恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす

「心理的安全性の無い環境で発信を続ける意義」への1件の返信

[…] でも、やっとわかってきたのです。そこには、心理的安全性が設計されていたわけです。荒れ果てた SNS に登場した希望の世界だったのです。デジタルタトゥーなんて言われますが、インターネット上にある情報が消えないことに対する弊害や不安の方が大きかった世代にとって、あれは福音です。友達だけに限定された安全な世界です。それでいて、メッセンジャー系アプリのグループのような、村社会のしきたりに縛られてしまった閉鎖的社会空間よりは開放的です。お互いを否定するコストが高く、肯定するコストが低い、心理的な安全性がある程度担保された設計がなされています。不特定多数へのリーチを前提としつつも、実質的に閉じた関係性を意識させ、かつ消えることでアーカイブ化や予期せぬバズり方を防いだストーリーは、自己発信の新しい局面を生み出しました。そこには、キーワード検索をして飛んでくる輩も、警察もいません。なんと穏やかなことでしょう。 […]

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