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雑記

日本の生産性の定義

興味深い記事を読みました。コロナ禍で常識となったテレワーク、WFH についての意識調査をまとめた記事です。
調査の精度や、これが一般化できる規模なのかどうかという点はひとまず置いておき、記事で言及されている日本の労働環境の不思議な点について考えました。

まず、こちらが記事です。

注目のポイントは、こちらの箇所です。

レノボが2020年に世界各国で実施した調査によると「テレワークでは、オフィス勤務時よりも生産性が下がる」という回答結果が得られたからだ。他の主要国がすべて10%台なのに対して、日本だけが「40%」と異様に高い。

なにかの間違いなのか、あるいは集計方法に偏りがあるのではないかと疑うほど、おかしな数値です。日本だけ、圧倒的に、テレワークに否定的な印象を抱いていることになります。

データの集計方法や調査対象となった母体にいびつな偏りが無いと仮定すれば、この段階で明らかに、日本だけが言葉の意味を取り違えている可能性が浮かび上がります。「生産性」という部分か、あるいは「テレワーク」の定義か、そのどちらかあるいは両方が世界基準と違っていると考えたほうが自然です。

生産性の意味が違とするならば、昔から日本が生産性の意味をずっと履き違えていたことになります。わかりやすい指標で言えば GDP が上がるかどうかで判断できることですが、企業単位で、それも短期間の成果だけでは客観的な評価は難しいでしょう。
生産性の概念について、その本来の意味するところを僕自身もようやく理解できるようになってきたという投稿を少し前にしたのですが、形は違えども、同じようにことがを正しく認識し、共有できていない人が大半なのではないかと思ってしまいます。

そのあたりに、日本が労働時間の長さや教育の成果によるまじめな態度にも関わらず、生産性が低いままであることの秘密がかくされているのかもしれません。

さらに、テレワークの部分でも意味が違うとするならば、適切な遠隔からの仕事がなされていなかった可能性があります。印鑑を押すために出社するとか、FAX の受け取りや送信のために出社するとか、そういう基本的な部分がそもそもテレワークとはかけ離れた環境に未だにある国です。テレワークに必要な、重要な部分が欠損している可能性は大いにあります。古くからの企業や、特に中小の企業で働く人には実感としてあることかもしれません。好奇心で、話を聞いてみたいです。

テレワークのコミュニケーションについても、記事のこの部分が気になりました。

回答者の46%が「同僚との対面コミュニケーションがなくなったことで、ストレスや不安を感じる」という。場所や時間を問わないテレワークは、一見すると多くのメリットがあると考えられる。しかし、日本企業の場合、かえってマイナスになると捉える向きもあるのが実態だ。

どういうことなのでしょう。やはり、意味もなく長時間一緒にいるとか、他愛もない会話をするとかが、日本の GDP に寄与していたのでしょうか?おそらく、それがあったからこそ労働時間に見合わない程度の経済成長しかなかったのだと思うのですが、全く謎です。

言葉の認識を管理職が間違っていると考えると、もしかしたら日本はコロナ禍で当面の間はこの記事のような自己評価を続けてしまうものの、出させる結果としての生産性は劇的に向上しているかもしれません。この先の GDP が答え合わせになります。その時、なるほど生産性という概念も、テレワークの概念も、日本の人たちは勘違いをしていたんだなということがわかる時です。

ここで本当に生産性が下がったら、相対的に日本の GDP の下げ幅が大きかったら、かつてのオーバーワークで休みも取れない同調圧力にまみれた、日本の会社に逆戻りします。しかも、もう戻れないほどの勢いでの逆行となるでしょう。それだけは阻止するために、みなさん成果を上げましょう。

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