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雑記

ポリシーに反する行動を容認する方法

最近の目からウロコの体験です。

目標を達成するために、ポリシーに反する行動でも、容認しなければならないことがあったとします。それをどうやって克服するかという話です。

まず前提として、ポリシーに反する行動というのは、倫理的に問題がある行動とかそういう部類のものではなく、他者から見れば何が問題なのかわからないようなどうても良いものだと言っておきます。何が嫌なのか周囲に理解されないような、些細な行動を意味しています。

そんなものであっても、自分で決めたルールに反する行いは、そう簡単には選択できない人もいるわけです。僕がまさにそうです。
これは誰にでもあることなのかわかりませんが、少なくとも僕の場合は、自分で決めたルールが多く、かつ厳しい方だと思います。ひとつひとつは些細なことです。特定のメーカーの同じ商品しか食べないとか、条件を満たすものしか買わないとか、完全に理解し納得できた道具しか持たないとか、そういう類のものです。それは積り積もってポリシーを形成しており、簡単には軌道変更ができない縛りを生んでいます。

本来は、物事の判断の速度を向上させるためであったり、不快感を減らしてストレスを無くすためだったり、余計なことを意識に入れないためにしてきたことではあるのですが、割と本末転倒だと思うこともあります。まっすぐ歩けばゴールが見えているのに、途中にどうしても踏んで歩きたくない形の石があれば、それを避けて遠回りせざるを得ない状態なわけです。

まさに、自分自身にかけた呪いのように機能しています。選択肢を狭めている場面はたくさんこれまでにもありました。いわゆる、宗教上の理由でそれは使えない、というやつです。

そんなとき、どうすれば良いのか。

最近得た知恵は、より高度な、高次元の理想を設定し、そのために目先のルールすら破る必要性を設けるという方法です。その考え方に触れたときは、衝撃が走りました。まさか、そんな方法、思いつきもしませんでした。しかし、たいへん理にかなっています。

自らのポリシーを上書きできるほどのより高度な理想、基準、ゴールを設けることで、従来の基準で NG だった行動を容認してしまうわけです。小さなことからですが、その方法を取り入れて、自分をアップデートしてみようと最近は考えています。

逆に言えば、呪いから説かれた気分です。嫌だったこと、拒絶してしまっていた可能性、それを受け入れるチャンスが手に入ったのです。人生はおもしろいものです。何が起こるかわりません。

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