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雑記

NFT はデータに生命を与える

NFT とアートについて、最近考えることが多くなりました。NFT = アートではないのですが、ユースケースとしてアートが目立っているため、イコールだと認識しているひとも多いのではないかと気になっています。やはり、値段がついてそれが上昇するというものは市場に認知されるのが早いですね。

主観にまみれた単純な定義ですが、NFT 化するというのは、つまりはその対象物を唯一無二の存在へと変えることだと考えています。
例えばポケモンは、同じ存在が何体でもいます。厳密にはパラメーターが違うかもしれませんが、ただランダムに生成されたデータに過ぎません。ところが、もし仮にポケモンが NFT と紐付いていたとしたら、そのポケモンは他には存在しない唯一無二のものであると証明できてしまいます。任天堂が血統証を発行しなくても、発生から所有権に至るまでブロックチェーン上にトランザクションが残っていれば、存在の証明コストは劇的に低くなります。その時、そのポケモンはこの世に2体と存在しない、生物と同じものになるのです。

NFT は、命と等価と言っても言い過ぎではないと思っています。生物との違いは何でしょうか?例えば、ポケモンが NFT と紐付いた状態で存在していたとして、子供が生まれた同じ日時にキャプチャーしたピカチューを数年後にプレゼントするとします。ワインがそうであるように、記念品として重宝されるかもしれません。
そのピカチューが消滅したら、悲しいことです。二度と手にはいりません。データを復活したとしても、別のものになります。本当に同じものは1体しか存在しないのです。死んだペットの代わりをクローンが務められないのと同じです。僕には生物との違いがわかりません。どちらも、失われたら嫌なものです。

この、失われると戻らない不可逆性こそが、尊さを生みます。違いを生みます。それが NFT の真髄ではないでしょうか。
もっとライトなユースケースとして、ライブのチケットやファンの証明とか、ワクチン証明書とか、認証 ID とか、様々な分野に応用が期待されています。実際、SIVIRA でもそれに関する製品を開発中です。

今後、Instagram も NFT に進出する可能性を示唆しています。盛り上がるのは良いことです。Facebook はクリエイター支援を打ち出しているし、プライバシーへの懸念から、広告に変わる新しいビジネスもでるを模索しているのかもしれません。
Facebook には Oculus もいます。つまりは VR の世界での NFT 普及が可能性として感じられるようになってきました。在宅でのエンターテイメントと相性は良いです。この先の展開は目が離せません。

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