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雑記

反ワクチン・反マスクの演説を聞いて

先日、偶然街中で耳にしました。 信号待ちをしている時、そのすぐ近くで大きな集会が行われていたのです。 どうやらデモ行進をした後のようで、デモに参加した人たちを周りに従えて、主催者や話したい人たちが中央で拡声器を使って大きな声を張り上げていました。

週末ともなれば、渋谷や新宿ではこのような集まりは最近良く目にします。日本は高度に発展した国であるため、 デモ行動やスピーチも基本的には認められています。人権侵害や攻撃など明らかなルール違反なものを除いては、主張する人たちにその権利があるとされ、 自由が保障されています。

だから露骨にワクチン推進やマスク推奨を攻撃し否定する人たちであったとしても、広い心と高度な知性を持って、頭ごなしに否定せずに一旦受け入れ、冷静に対応してあげることが必要だと理解しています。

そういったことを頭の中で考えながら、少しの間彼ら彼女らの主義主張を聞いてみました。 感想はシンプルで、あまりにも的外れな発言や破綻した論理、 単なる主観での発言、いわゆる「あなたの感想ですよね?」と言うエピソードの数々、 全く示されない根拠やそもそも間違った根拠を信じて疑わない努力が垣間見られて、これ以上聞いていると自分の頭が悪くなるなと思いました。正直に言えば、ひどいものでした。推進はへの明らかな攻撃の発言も飛び出し、頭だけではなく品性も失っているからこのような事態になっているのだなと教えてくれました。逆に言えば、ダメな演説、ダメな集会、ダメな主張の参考例として実に良くできていました。 それを多くの人が受け入れ聞き入り従っている様子も見えて、世の中の多様性と人々の寛容さや、人類の歴史が繰り返してきた事の重みを見ることができて、 エンタメとしての完成度さえ感じました。

涙ながらに語っている人もいました。とても間違ったことを感情的に大きな声でたくさんの人に向かって叫び、何とか世の中を変えようと語りかけていたのです。 どこまでが現実で、どこからが虚構なのかもわからないほどによくできた生きたエンタメです。 新興宗教のように明らかな白黒はそこについておらず、聞き入る人たちや、偶然通りがかって目にし耳にする人たちがそれぞれに異なった刺激を受けていたことでしょう。中には演説の雰囲気と圧力に惑わされて、とんでもない主張を受け入れてしまった人もいるでしょう。

ソーシャルメディアは時に間違った情報を拡散させる温床になると言われます。ですが、その光景を見ていて、瞬時に多くの人が本音で反論をしたり正論をぶつけて議論を呼んだりできる SNS の仕組みは、むしろ情報の健全性を高める上では大変によくできたものだったんだと思い知りました。逆の言い方をすれば、デモや集会で集まった人に大きな声で感情的に叫ぶ古典的な手法は、反論を許さず、議論をさせず、 勢いで押し込んで雰囲気を形成し、手放しで信じる多数の信者を獲得する最良の方法だったんだと知ることができました。

教育は大切です。

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