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雑記

メンテナンスが必要なことを機械は教えてくれた

当たり前ですが、機械は壊れます。その事実は、大変に教訓めいているのではないかと考えています。

機械は完全に壊れる前に、定期的に不具合を起こします。動作に問題が出ます。そのシグナルを確実に捉えて修理を施せば、再び正常に稼働し、結果として製品の寿命が伸びます。日頃のメンテナンスを怠ったり、想定以上の負荷がかかる使い方をしていると、思わぬ形で壊れてしまいます。

それは機械だけではなく、それらに搭載されるソフトウェアも同じです。いつのまにか Wi-Fi や Bluetooth が切れてしまっている時などありますが、普段当たり前に動いていたもので、どこかでなにかの食い違いが発生することはあります。時にはソフトウェアの更新や、機械のファームウェアのアップデートが必要になることもあります。原因は、いつのときも多種多様です。

そういった事態に対する対策は、やはりメンテナンスしかないわけです。それも適期的なものです。頻度が高ければ高いほど、問題発生確率を下げることができますし、修復手順を効率化できます。

自分の生活を振り返ってみれば、結構な頻度で前のめりに機械のメンテナンスをしています。機械が好きというのもあるのでしょう。感覚的にもそこには敏感だと思いますので、人間関係のほうが疎くても、機械の変化は敏感に感じ取るのです。
例えば手に伝わる振動が正常動作の時とかわってきたとか、いつもと音が違うとか、モーターから少し臭いがするとか、そういう感覚です。だから数ヶ月に一度は、分解してメンテナンスをしています。ルンバはできる限り分解した上で内部まで掃除をしますし、ハンディー掃除機もフィルター交換の際にはできるだけ分解をしています。一番使用頻度の高い洗濯機はフィルター周りを特に重点的に掃除し、必要であればネジを外して奥の方まで掃除をします。そのための道具も持っています。Amazon Echo などある程度複雑化している家電についても、そのソフトウェアの設定を定期に確認し、意図しない変化を察知した対応をしています。
それらは定期的にリマインドされるルーチンタスクとして登録されているのですが、それは最悪のケースに備えたリマインドであって、大抵はそれ以前に積極的にメンテナンスをしにいくのです。

結果として、僕は相当に物持ちが良い方だと思っています。家電系はやはり電気系統の寿命があったり、最新製品の性能向上が著しいこともあるのでそれほど長く持つことはできないのですが、どんなものであっても、本来の想定寿命以上には持っていると思います。

そして気づいたのですが、人間についても同じではないかということです。そう、最近考えるようになりました。体調が悪くなる前に、違和感を感じてメンテナスをするとか、人間関係が拗れる前に修復をするとか、これは全く機械と同じではないでしょうか。人体は脆いし、人間関係はもっともろいので、機械以上に本来は注意を払うべきものだったのです。

もしかしたらこれは常識なのかもしれません。しかし僕にとっては目からウロコの発見でした。

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