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雑記

Clubhouse のこの先の展開をずっと見ている

これまでかっこ良いと無条件にありがたがって受け入れてきたシリコンバレーのやり方は、すでに陳腐であり、怠慢の結果だと思われ始めています。僕は少なくともそう思っていますし、そういう風に思われ始めていると、感じています。

それは僕が、中央集権体制や富の一極集中に過敏なビットコインの思想を有しているからかもしれませんが、少なくともリーマンショックの2007年以降、あるいはその影響でビットコインが誕生した2008年以降、顕著に広まっていると思っています。

Clubhouse にただ一言あるとすれば、大手への売却とかそういうわかりやすい “EXIT” は期待していませんよ、ということです。勝手なお世話ですね。実際に手を動かしリスクを取りがんばっている当事者でも無い部外者には本当に何も言う価値はないとわかってはいるのですが、今後の時流を左右するタイミングでの指標となる規模の案件だと感じたので、あえて発言しました。

現状、Clubhouse に対しては着実に包囲網が出来上がり、各社がリリースしている機能は本家を超えるほどです。資本力や影響力、もっとえいばユーザー数でも、たいてい後発が上回っています。異常事態です。Facebook も Spotify も Twitter もわりと本気でぶつけて来ています。

大手からしたら、ここで潰し合って価値を打ち消すという消耗戦なのかもしれません。音を上げさせて、買収する気なのかもしれません。その裏で人材の引き抜きがすでに起きている可能性も邪推できます。

Clubhouse には今後、YouTube のように大手に統合されて拡大をめざすか、Facebook と Twitter がそうであったように競合と競り合いながら市場形成していくか、あるいは Snap のように打ちのめされるかという選択が残されています。当然、上場や独自の発展というパターンもありますが、主に先に上げた3つが有力です。

真っ当に考えれば、これは競争であり、各社が Clubhouse を奪い合っているので、どこかに買収されるパターンが想像できます。でも、穿った見方をすれば、今回の大手からの攻勢も、背景にいる VC の自作自演ではないかとも思えてしまいます。悲しいことですが。
Clubhouse の価値を高めるために、あえて競合し、それほどの価値があるものであることを証明し、高い値段での買収を実現するというゴールです。VC は大儲けです。買われる側にも、買う側にも、同じ VC は入っています。

価値が上がりきったところで、出来上がった生態系の中での捕食が行われるわけです。その時最も富を得るのはだれだろうかと、考えざるを得ません。その結果、何が残るのでしょうか。それは楽しいのでしょうか。
ユーザーの奪い合いを通して市場を形成する活動ではなく、そういうマネーゲーム的な展開も、想像できてしまいます。過ぎた想像ですが、そんな風に見えてしまう自分の心が荒んでいるのでしょうか。

企業価値がすべてという価値観は、今も有効です。確かに、間違っていません。それを良しとして突き進むコミュニティーが今も存在しており、シリコンバレーはその中心です。
それで経済が回るし、幸せになる人が生まれており、なによりも生態系が形成されて新たな挑戦がうまれ、そんな中から Ethereum のような次世代の価値基準を示すイノベーションが生まれたことも事実ではあります。
ですが、単純にそこに憧れはなくなってしまいました。

シリコンバレーという言葉は、陳腐化してしまいました。コロナ禍でそれは加速しています。何に価値があるのか、時代とともにこれほど変化するものだと、僕は知りました。

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