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雑記

ノスタルジーを求めるサイクル

かつて宮崎駿が、古き良き時代などありませんという発言をしていたのが印象的でした。昔は良かったというのは間違いで、子供の頃は問題が見えていなかっただけだという指摘です。子供には問題が見えず、常に大人に守られており、楽しい事しか無いわけです。だからこそ子供でいわれるわけで、そしてそれは長くは続かないのです。わずか数年、10年にも満たない期間しかない、多くの人が持つ黄金の時代です。だからこそその世代の子供に作品を届けるという思いで造り続けているという発言には、大いに感銘を受けました。

その説が真実なのであれば、いつの時代でも、多くの大人にとって、昔は良かったと認識する習わしは続いているわけです。僕自身の人生の観測範囲では、少なくともそれは真理のように思えます。実際、子供時代を連想ささせたり追体験させるものは、心ときめくわけです。きっと、そのもの自体が与える影響だけではなく、実際に記憶の奥底に保存されていた当時の新鮮な感動や、関連する幸福な体験が呼び覚まされて、脳が喜んでいるのだと思います。

つまりはいつの時代も、ノスタルジーを求める嗜好は存在すると考えることができます。最近はデジタル化されたノスタルジーもあるため手軽さが増しており、その傾向は加速しているのではないでしょうか。デジタル化が進んでからもう20年以上が経過していますので、そろそろ最初からデジタルだったものを掘り起こして懐かしむ世代が出始めています。

カセットテープがなくなると言われて久しいですが、最近またカセットテープで音楽を聞く物好きがいるという話題を目にしました。ファミコンやスーパーファミコン、ネオジオやメガドライブなど、ゲーム機も復刻モデルが定期的に発売されその度に話題となっています。
時代遅れを通り越し、それはすでにおしゃれなものになって戻ってきたわけです。カセットテープのウォークマンを持って街なかでテープの交換なんかしたら、めちゃくちゃ目立つのではないでしょうか。折りたたみ携帯電話、ガラケーを使うのも良いかもしれません。

この流れで行けば、この先自動車産業の未来は明るいと思います。明るいと言うのは言い過ぎました。無くなりはしないと言いたかったのです。大幅に縮小しますが、消滅しないだけ明るいと言えます。まもなく、人が運転する車は無用の存在になりますし、ガソリンで動くエンジン車も古代の代物となりますが、現代で言うところの馬車みたいなもので、愛好家に愛され続けることは確実です。不便で危険を伴い環境負荷も高いけど、それを所有することが許される特権階級には、これからも贔屓にされることでしょう。また、乗馬と同じくスポーツとしても、長く生き残りそうです。F1なんて、冷静に考えたらとんでもないことを競い合っているわけですが、スポーツの定義で考えれば、大変にエクストリームで優れています。

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