Basecamp からの大量離職が先日話題となりました。37signals 時代から、その経営手法にも技術的な方針にも、あるいは組織運営やビジョンについても、僕は惹かれてきました。それはいまも変わっていません。
常に世のメインストリームに対するカウンターをしかけるアプローチは、少数精鋭のゲリラ的組織のモデルだと今も思っています。今回の出来事もまた、今の価値観ではマイナスに捉えられることに違いはないのですが、もしかしたらそれってありなんじゃないかなという感想を抱いています。
一報を知った時、Twitter で発言しました。
何が起きたのかを強引に完結にして言えば、社内での政治的発言を禁止するという創業者たちの方針に反発して、社員の1/3が離職しました。
政治的な発言の制限については、以前から注目されていた事です。仮想通貨業界で言えば、上場間近であった Coinbase でも同様の出来事がありました。昨今の政治的混乱や対立を背景に、発言をしたい個人が急増しているタイミングでもあり、大変に難しい問題になっています。SNS で個人が気軽に発信できるようになったことも貢献し、分断はこの先も避けられそうにありません。
つまりは価値観が多様化しており、様々な立場の意見が交錯しています。多様な文化的背景を持つアメリカの企業が先立ってその問題に直面しているだけであって、今後もこの流れは世界的に加速することに違いありません。
Basecamp に関しては、きちんと離職する人に対する手厚い退職支援のパッケージは提示されています。よって、ルール違反に伴う強制解雇やレイオフのようなものでは当然無く、また単なる内紛による大量離職でもなく、経営方針の転換に伴う社員のリストラであると考えることもできます。それにしても辞めた人数が多すぎるのは、おそらく想定の範囲外であったと思いますが、いずれにせよ完全に寝耳に水ということではないと考えられます。
Basecamp は、元々リモート中心の会社です。
先進的すぎて、いろんなスタートアップのロールモデルとなっていました。そのような組織では、おそらく、対面のコミュニケーションでは発生し得ない問題が継続的に発生していたのではないでしょうか。
Basecamp において、コミュニケーションは書くことによる非同期が中心であって、対面はその補足です。物理的にそもそも会えない距離の人たちが仮想的に集まっている会社なので、それが前提となる会社の構造になっていました。だからこそ、他の会社では起こらなかったような問題が、発生し表面化しています。
GMO の熊谷さんは、コミュニケーションの貯金が大切と言われています。まさにその通りで、蓄積があるからこそ、非対面時の摩擦を乗り越えることができるのだと思います。そのことからも、Basecamp の件は一見すると、これはコミュニケーションの蓄積が不足していたから深刻化した問題にも見えます。
非対面、非同期が当たり前の組織で、そんな状態での意思疎通が得意な人が集まっている会社でも、こういう事態になるのです。コロナ禍でリモート勤務が普及する今後は、もっと多くの場所でもっとひどい事が起こると予見できます。
でも、実はそれほど悪いことではないのかもしれないと、個人的には思っています。これまでが、我慢のし過ぎであったのではないでしょうか。
対面でのコミュニケーションによって「無理をしてしまう」「無理をせざるを得ない」状態にいた人たちが、非対面が中心の今、正直に、気軽に、No と言ったり関係を断ったり、リセットしやすい状態に近づいていると考えることも出来ます。対面だと恐怖を感じるような発言もできてしまうし、関係を断つという社会的動物として本能レベルで嫌なことでも、距離と時間が離れれば痛みが軽減されるからです。バイトを辞めるときに LINE で辞めますと言いたくなるのは当然です。
リモート中心のコミュニケーションは、痛みの軽減が本質だと思います。良くも悪くもです。そのため、これからも痛みを伴わない関係性が人間関係の中での比重を上げるでしょう。
その状態はつまり、広くゆるいつながりが拡大しているという事です。今の関係性を断っても、次のつながりを探し、次の所属先コミュニティーを見つけることが容易になっていきます。複数のコミュニティーに属することだって簡単にできます。
もう元には戻りません。であれば、気軽に関係を断ってしまえることの利点を考えたほうが早いと思います。これからは、コミュニケーションの密度を保った関係性に依存しない人が、生き残る確率を上げるのではないでしょうか。
一方で、組織として、企業としては、コミュニケーションの密度を高め、組織力を最大化できるところが圧勝することを意味します。一極集中です。宗教的なレベルで思想を統一できれば、無双状態に突入します。そうなれば、物理拠点の重要性はより増すことになります。そこはもう、神殿や教会になるからです。
多様性の中で難しい課題ではありますが、生き残りや拡大を狙う組織の視点としては、より宗教化を目指すために対面を強化すべきでしょう。そして、個人としては、多様な環境に対応することを優先して、特定のつながりに依存しない関係性の構築に適応すべきでしょう。