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雑記

もしかしなくても社会性こそが人生にとって最も重要な事かもしれない

人間にとって、生産性が大事であることに、疑いはありません。

人類という種全体で考えても、その中の個人の人生においても、どれだけ生み出すかが最重要です。プログラムされた本能的な欲求の結果として、繁栄につながる生産性の向上を求めるように仕上がっています。

生産性が大事と言いましたが、必要なのは結果です。どれだけの富を得ることができたかという、結果です。富が資本主義的な富のメタファーである金銭なのか、あるいは社会関係資本なのか、または別のものなのか、それは時代背景や所属する社会によって異なります。所属する集団が、そしてその中で思考する個々人が、どんな価値観を持つかによって変わります。根本にある欲求は本能的に同質であっても、信じる幻想によって得たいと思うものは変わります。

人類の歴史は、安心を得るために、より多くの富を得る生産性向上の歴史であり、戦いでした。個体として弱い人類の基本的な戦略は当然、個体差を生かした協調です。個人間の競争はありますが、その競争に勝つためには、他の個体、他の社会、他の生物よりもより協調されレバレッジをかける必要がありました。
そして組織化することを生み出し、組織が最大限の生産性を発揮できるようにマネジメントという考え方が発見されて今に至っています。

個人がどれほどやる気に満ちていても、加えて能力が備わっていても、それだけでは不十分です。なぜなら、他の集団に競争で敗れるからです。一騎打ちでは勝てたとしても、生存本能に突き動かされた人類は、至るところで社会を形成しており、組織化しています。よって、現実的にこの広い社会の中で自分の考える方向性にしたがって、得意な生産手段で、生産性を高めるためには、やはり他者に習って組織化を図る必要があります。

思えば、現代におけるアートの世界でも、アニメやゲームの世界でも、そして当然に企業経営の世界でも、組織化は当たり前に行われており、その連携のコストが下がるにつれて得られる結果が大きくなっています。コンピューターやインターネットの登場と普及によって、変化のサイクルは短くなり、波は高くなりました。

ここまで考えれば当然の結論として導き出されることがあります。組織の一部になれない者、あるいは主体的に何かをはじめたいと思っても組織を作れない者は、生き残ることができないということです。重大な欠陥があると言えます。つまり、本能的欲求に従った成果をあげることができず、安心を手にすることが難しいということを意味します。
というわけで、社会性こそが人生にとっては最も重要なことだと、理解できます。何かの一部になって安心を得たり、組織として成果物を享受したいという場合はもちろん、自分で何かをはじめたいという人にとっても、同様にこの縛りは発生します。

では、社会性が無い人は安心を得ることができないのでしょうか。人生、ハードモードなのでしょうか。たぶんそうです。ですが、そこに救いというか、組織化競争の結果生まれたおこぼれがあると考えます。

コンピューターとインターネットによって劇的に生産性を上げてきた人類は、最上級にコストがかかるコミュニケーションの手法をインターネットによって効率化しました。そしてコラボレーションを実現しやすくする方向に向かっています。その副産物として、ゆるいつながりを維持し利用する仕組みが万人のものになりつつあります。さらに、ゆるいつながりを生かしたコラボレーションができる個人を生み出すことになりました。

社会性が皆無であれば、選択肢はありません。しかし、それが少しでもあれば、工夫次第でその少しを何倍、何十倍にも拡大できるしくみが手に入ります。もちろん、本気で組織立った社会性のあるエリート集団も同じものをもっと効率よく使うので、差は縮まりません。でも、置いていかれるだけでは無いということです。

個人を拡張できる時代になりました。デジタル機器と、それを活用するソフトウェアの知識、そこに社会性のかけらを加えて飛び込めば、道は開けます。
これまでの時代と比較すれば、より多くの人が生きやすい時代に変わっています。これからも。

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