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雑記

宗教とは

人類は、信仰を必要とするものです。主語がいい加減大きいですが、人類全体がです。幸福を最大化し、リスクを最小化するために必要になります。

宗教に求められる役割も機能も、宗教を主導する側の思想も、時代とともに変容します。ほんの2世紀ほど前には、また違ったコミュニティーの在り方があり、人同士の社会活動は異なっていました。国家という形での人類の統率、社会構築が機能したので、結果としてその成長をささえる思想が広まっています。

現在主流となっている宗教は、資本主義をその骨格としています。資本主義社会において我々は、永久に経済成長をするとう信仰があり、そこには疑いを抱いていないという前提がまずあります。なぜ成長が続くのかという疑問は抱かずに、漠然と、幸福に向かって上昇していく未来を信じきっています。これは、完全に宗教であり、現在に生きる我々の多くが信仰しています。そこには消費という貢献が求められ、対価として幸福が約束されているのです。経済的先進国では、それが機能する社会構造に最適化されました。

これは非常によくできた仕組みであり、多くの人が満足感を得ることができます。同時に、当然その逆の不足感も感じ、渇望し、より求めるようになっていきました。雪だるまは膨れ上がり、欲望は膨れ上がり続けています。
この先もこの流れを継続し、主導者側に幸福をもたらし続けるためには、さらなる経済成長が求められます。信者はそのために今日も働き続けるわけですが、無限の資源は存在しないはずです。
そうなると、いずれこの制度は破綻します。事実として、すでにこの宗教は破綻しはじめているのかもしれません。少なくとも、永遠に続くわけが無いようには見えます。

考えられる解決策は、2つあります。

  1. イノベーションによって経済成長を続け延命すること
  2. 次の宗教にパラダイムにシフトすること

イノベーションについて。

過去の人類は、実際にイノベーションを起こし、不可能と思われた窮地を脱してきました。結果として、今日の繁栄を手にしています。それによって、人類はより、この宗教の啓示する約束を信じるようになりました。
人類の創造性を活かせば、飛躍的な成長は遂げられる可能性は過去を振り返る限り存在し、まだ諦める必要は無いのです。そのイノベーションにかけ、基礎研究への投資や新分野開拓に力を入れている Peter Thiel のような先駆者もいますし、未来を見据えた挑戦は日々起こっています。
例えばいまは存在しない新たな産業を構築し、市場を創出する可能性は大いにあります。エネルギーという資源についても、再生可能エネルギーのさらなる効率化や発見、AI によるエネルギー使用効率の改善など、期待ができます。電気自動車への置き換えのようないますでに進行中の経済変化も重要な要素になりますし、宇宙開発や、AI と人類が共存するサイバースペースの開発など、予想より早く前進する可能性はあります。
未知の領域にこだわらなくても、マイクロペイメントによる人間同士の経済活動のさらなる拡大や、人間と機械の間の経済活動、機械と機械の間の経済活動も、拡大していくこうとがあり得ます。

パラダイムシフトについて。

ではそもそもの、資本主義の信仰が間違いであった場合の解決策です。イノベーションでは乗り越えられない場合の、根本解決についてです。経済成長に頼る生き方をやめ、次のパラダイムにシフトする必要が生まれます。
これまでの延長線上の対策とは異なるため、簡単に具体策を提示することはできませんが、この課題は考え続ける必要があります。ある日突然、人は信仰を捨てて別の世界へ移動することは無いからです。あらゆる可能性を考慮し、議論していくことはもはや必須です。

誤解を恐れずにいれば、新たな価値観の定義、新たな宗教の確立がこれからは求められます。人々の価値観変容を促し、それを受け付ける活動が重要になります。一昔前なら、それは宗教活動と呼ばれたことでしょう。しかしそれを資本主義社会の中で拡大していく必要があるので、切り離された宗教活動ではなく、将来的な普及の土壌となる現在の経済活動と融合した、新しい取り組みがいまこそ必要とされています。

イノベーションとパラダイムシフト。その両方について、日々考え続けています。

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