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雑記

2045年の量子コンピュータが神としてどう作用するか

以前、あるテクノロジー x アートの展示会にコメントを求められたことがありました。そこで、タイトルの問を受けたのですが、自分が提供したコメントは、次の通りです。

そう遠くない未来、人類は生物であることをやめる。

その現実を迎えるにあたり、倫理問題や高次元の概念など、議論すべきテーマは尽きない。しかし、無数に存在し得る可能性を熟考するには、人生はあまりにも短いのだ。

人間である我々に想像できる数少ない選択肢は、量子コンピューターをはじめとしたテクノロジーを用い、最適解を求めるためのアルゴリズムを自律的に進化させる事であろう。

では、その結果として我々が作り上げるものは、何であろうか。何と呼ぶのだろうか。人間の認知の限界を超越した、我々を導くその存在を。

コメントには文字数制限があり、かなり絞りましたので、補足です。

まず、人類は、アンドロイドとの融合という物理的な進化と並行して、完全なるデータ化に向かって進むという前提で考えています。その時、より高次な概念で物事を思考する必要が生じます。量子物理学などもそうですが、倫理観などもまた、今の社会では議論しても答えが出なかったり、議論に永遠とも言える時間が必要になることが多々あります。

結果として、先送りになったり、無難な妥協案に落ち着いたりするのは人類の限界です。既存の社会の置き換えや破壊ではなく、成長・融合を前提に考える場合、どうしても思い切った判断はできません。

そこで登場するのが、電子的な思考体です。あらゆる情報ソースにアクセスし、膨大なデータを解析し、高速で思考を繰り返す存在です。量子コンピューターは万能ではありませんが、今後の成長を考えると、その域に達するハードウェアは誕生し得ます。あと必要なのは、ソフトウェア、アルゴリズムです。それはきっと、人間には開発できないでしょう。自律的にアルゴリズムによって、ソフトウェアが成長していく世界が、今始まろうとしています。

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