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雑記

動画を垂れ流す生き方への憧れ

動画での発信を何よりも優先するべきではないのか、と思いを強めています。これまでにも、動画資本論についての考えを表明してきました。それを実践に移す時が来たと今考えています。

毎日ブログの記事という形で思考の変遷を残すことを自らに課してもうすぐ半年が経過します。四半期ごとにその成果を振り返っているのですが、最大の目的であった発信することへの慣れと、発信し続ける体制づくりが獲得できたと思います。いよいよ、次の段階へと進める時が来ました。

流れとして、このまま記事の質を上昇させるとか、数を増やすとか、厚みを増すとか、そういうことは当初から考えていませんでした。閲覧される可能性の絶対数が圧倒的に少ないからです。

閲覧される可能性が高いような種類のブログプラットフォームに投稿するのであればその可能性はあるかもしれませんが、そこを狙っているわけではないので、コンテンツの所属先を一貫して手元にしておきたい方針を変える予定はありません。また、Twitter のように情報が流れ続けていく場所は、入れ替わりが早く健全ではあるものの、蓄積の場所としては要件を満たしていません。よって、頻繁に tweet するという選択肢もありません。

では今後、どのような形態で文章による記録以外の方法でアウトプットを残していくのが最適なのでしょうか。別の言い方をすれば、どんな方法が、僕自身に合っているのでしょうか。それは必ずしもやりたいことである必要はありませんが、できることであればやりたいことにもなり得て、得意なことに越したことはありません。

色々と考えを巡らせ、また YouTube Live という実験も2ヶ月継続してみて、いくつか候補が絞られました。

まず、本格的に YouTube 向けのコンテンツを作りためて発信していこうと思います。短時間の味の濃いファーストフードスタイルは作成するカロリーも高くなってしまいますので、どうにも自分のスタイルにはあいません。過去にビットコイン番組で 2013 年から挑戦したのは今思えばそのスタイルでしたが、それが良かったかどうかと言われれば、決して成功ではなかったとこたえざるを得ません。
やはり自分に適しているやり方という基準で考えれば、ある程度時間の長い、しかしながら内容がまとめられて続いていくようなスタイルになると思います。学校の授業のようなスタイルと呼べるかもしれません。

そこには Live 感もやはり必要だと思います。だからこそ、これまで実験してきたように、YouTube Live は意識的に採用していきたいと思います。もう少し上手く使う方法はあるのではないかと仮説を立てています。そこに加えて、Instagram Live や Twitch も組み合わせる余地があるかもしれません。そこはこれから検証をしてみます。

それ以外にも、動画市場での実験として、TikTok を使った実験も試みます。あまり多くの時間資本を投下しないで、検証を早急にはじめ、成果を測定したい考えです。1秒でも早い方が良いのです。

かつて、ライフログが流行り、ブログがその用途で幅広く使われました。時代が変わっても、同様のニーズはあるし、配信システムや配信者全体のクオリティーの向上によって、閲覧する側にとってもそれがコンテンツになる時代に入りました。
もはや避けては通れないものになりましたし、文字メディアが唯一絶対だと、断絶を叫ぶ必要性も無くなりました。
これから先、やはり全ての過程を配信するぐらいのつもりで、やっていくのがちょうど良いかもしれません。

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