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雑記

絵文字はもっと積極的に使われるべき

日本の偉大な発明の一つに絵文字があります。世界の文化に爪痕を残しました。今も影響を与え続けています。そんな偉大な絵文字は、もっと生活全般に広まっても良いのではないでしょうか?

日本は元来モノグラムが発展した国であり、家紋がルイ・ヴィトンに影響を与えたといわれますし、トイレの案内記号など世界に広めた実績もあります。そんな国から絵文字が登場したことは、驚くことではありません。

絵文字が日本にしかなかった頃は、完全な機種依存文字であり、使えたものではありませんでした。対応している一部の携帯電話機種の間でしか使えないとか、同じ携帯電話キャリアでしか通じないとか、制限ばかりの存在でした。あの頃は、まさか絵文字が世に浸透するとは想像もしていませんでした。
しかし Gmail の公式サポートから始まり、今では SNS でもモバイル OS でも、主要な絵文字はカバーされていますし、それを多くの文化に取り入れるための多様化という加工もされています。

かつて LINE が輝いていた時、スタンプは発明でした。スタンプは新たな文字の発明に匹敵し、ひらがなやカタカナの誕生と同じく、これまでに声を持たなかった人たちに発言の機会と力を与えました。文字に落とせなかったニュアンスも、スタンプで伝えられるようになりました。スタンプには漢字以上の情報量があり、かつそこに特定のキャラクターが載せられた場合、そのキャラクターがもつ文脈を継承し、解釈の深さが増します。
LINE のスタンプ文化が衰退しなければ、あるいは LINE がメッセージングアプリとして他の文化圏でも市場獲得に成功していれば、絵文字ではなくスタンプがそのポジションをとっていた可能性はあります。しかしながら、特定のプラットフォームに囲い込むモデルの LINE スタンプには、そんなことはできませんでした。よりオープンなスタンプのモデルが組み込まれていればどうなったのだろうと、考えることがあります。

絵文字については、結果的には最初には世界の共有財産のような発展の仕方をしていき、もはやそれが日本の特定の環境下で発生したものであったと記憶する人の方が少なくなっています。
だからこそ、絵文字には可能性があります。意思を伝えるときに、非漢字文化圏の人が相手であったとしても、一文字で映像や状況を伝えることができるのです。データ量としても漢字と遜色はありません。

僕は一時期、肩書きや会社の方針を絵文字だけで表していたことがあります。どこの国の人に会っても、大抵それで伝わるからです。当然、解釈にブレは存在しますが、そのブレを含めて価値があるのです。今後の多様化を容認する社会では、唯一絶対の言葉などむしろ嘘に聞こえます。人によって解釈が変わる、立場によって解釈が変わるからこそ、これからの社会には必要は文字になり得ます。
絵文字は最近どんどん増えているので、たまに一覧を覗いてみると、面白いものが登場していることがあります。

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