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雑記

API が不要になる社会

ここ数ヶ月、自分自身がどれほど AI に融合しているのかを振り返ると、すでに日常の大半は AI と共にあることに気づく。調査や細かな作業はもちろん、コードを書くことも AI に委ねられる。特に、自分しか使わない業務効率化のツールが完全に AI によって自動化できるのは、恐ろしいほどの変化だと思う。

その中で特に興味深いのは、銀行のオンライン操作のような複雑な処理ですら、個人の用途に特化して自動化できるようになったことだ。例えば、銀行の明細を取り込み、自分の基準で分類し、会計データとして整理する。かつては金融機関や会計ソフトの「枠組み」に従わなければ不可能だったことが、いまは AI に自然言語で指示を出すだけで実現できる。

ここで重要なのは、商用製品のように「万人が使える汎用性」を満たす必要がないことだ。自分だけの細かなニーズや、自分にしか分からないルールや例外処理をそのまま AI に落とし込める。従来なら「そんな少数の要望には対応しない」と切り捨てられてきた領域が、AI を介すことで個人レベルで可能になった。汎用性の制約から解き放たれる価値は大きい。

さらに革新的なのは、API が不要になったことだ。これまでは外部接続が前提のサービスでしか自動化は難しかった。だが、AI は人間がブラウザやアプリを操作するのと同じ形で情報を扱える。つまり、サービス提供者が「外部にデータを出す設計」をしていなくても、AI が自然に取り込み、自分専用の処理フローに組み込める。利用者側から見れば、提供者の思惑を飛び越えてデータが自由に流通することを意味する。

Tesla Optimus の記事でも触れたが、インターフェイスを変えずに社会を置き換えていく流れは、これからますます強まるだろう。サービスの設計思想に縛られず、利用者が自由に扱えるという点で、AI は大きなトレンドを示している。

この構造は力関係の逆転を引き起こす。これまでサービス提供者が「どのように利用できるか」を規定していた。だが AI を仲介すれば、利用者が自分の思う形でデータを扱えるようになる。提供者が API を公開するかどうかに依存せず、利用者自身がデータを自動化の回路に流し込めるようになったとき、主導権は完全に利用者側に移る。

銀行に限らず、あらゆる「サービスの都合に合わせて我慢していた作業」は、AI の登場によって個人が設計し直せるようになった。細やかなニーズを反映し、煩雑さを消し、外部の制約を飛び越える。これまでサービス提供者が握っていたデータの力学は、確実に揺らぎ始めている。

もっとも、AI もまだ過渡期にある。ひとことで AI と言っても性質は様々で、現状は人間がそれを使い分ける必要がある。クラウドホスティングの AI、ローカル環境のプライベート AI、自社データセンターで稼働する AI。用途によって得意不得意が異なるし、データ主権の観点からも選択は慎重にすべきだ。

それでも、多数の AI と共存することで、日々の業務が並列処理へと移行している感覚がある。文脈の異なる業務を並行して実行できる効用として、常に重要な意思判断に集中できる。だが一方で、その判断に必要な調査の多くを AI に委ねるようになったことで、「どこまでが自分自身の意思なのか」は曖昧になりつつある。そこにこそ、AI と融合するおもしろさがあり、同時に健全性やデータの取り扱いにこれまで以上の重要性が求められる時代に入ったのだと思う。

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