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雑記

クラウドを拒否した AI

Apple はなぜクラウド AI を作らなかったのか

なぜ、生成 AI ブームに乗らなかったのか。
なぜ、自社の大規模言語モデルすら発表しないのか。
AI ではなく、Apple Intelligence がやってきたのか。

その問いに対する答えは、「戦略」だったというより、むしろ「制約」だったのではないかと思っている。
クラウドを選ばなかったのではなく、クラウドを選べなかったのだろう。

もちろん iCloud はあるし、通常の企業では比較にならないほどのインフラは保有している。しかし、Google や Meta のように、検索や広告やソーシャルメディアの中で、ユーザーの行動ログとテキストデータを日々集め、ラベルを付け、数十年かけて構築してきた巨大なクラウド基盤とデータセットを、Apple は持っていない。

Apple としては、莫大すぎる自社の顧客を満足させられるほどの、大規模なクラウドを構築する技術的・事業的資本を、そもそも持ち合わせていなかったのだろう。社会インフラとして普及するレベルの製品があるからこそ、国ごとの対応も含めて考えれば、統一したクラウド環境を保有することは簡単ではないとわかる。

その結果としてたどり着いたのが、クラウドを諦め、ローカルで完結する AI なのだと見ている。

iPhone の中に住む AI

Apple は、iPhone 単体で機械学習を実行できるように設計した。Apple Silicon による独自アーキテクチャ。NPU(Neural Engine)が搭載され、画像分類や音声認識、感情推定までもがデバイス内で処理される。
元々は、プライバシーの問題への対応のためだった。ユーザーの顔写真、音声、歩数、バイタルデータ、位置情報。それらをクラウドに送らず、デバイス内に閉じ込めて処理する。

同時に、電池の最適化の問題にも、Apple は取り組んでいた。長い間かけて築いてきた、大画面化というバッテリー容量の大型化。有機 EL の採用。MacBook で注目を浴びた高出力かつエネルギー効率の良い UMA(Unified Memory Architecture)。それらを駆使して、ネットワークに常時接続しなくても、電池を大量に消費せずとも、AI が機能し続けるエッジ側の計算資源を極限まで効率化していった。

それは途方もない挑戦だ。自社で半導体を作り、OS を作り、ミドルウェアもフレームワークも構築し、機械学習モデルと統合する。ARM アーキテクチャに賭け、電力効率と処理能力のバランスを極限まで調整する。考えただけでも気が遠くなりそうだ。

Vision Pro のセンサーは“感情”を学習する

Vision Pro には、カメラ、LiDAR、赤外線、視線追跡、筋肉反応センシング、空間マイクなど、人間の内面に触れるためのセンサーが多数搭載されている。これらのセンサーは、単に「見る」「聞く」だけではない。
たとえば、ユーザーが何に視線を向け、瞳孔を計測し、どのタイミングで呼吸が変わったか、頬の筋肉がどのくらい収縮したかまでを感知している。それによって、「購買意欲の兆し」「好意」「不安」「疑念」すら検出できる可能性がある。

そしてその情報は、クラウドには送られない。ユーザーの中に閉じた、パーソナルな AI のための情報として、蓄積されていく。

バイタル + ジャーナル = 記憶の AI

Vision Pro では、視線と表情が記録される。 Apple Watch では、心拍数や体温、睡眠時間が記録されている。iPhone では、入力したテキストや撮影した画像が記録される。

そして Apple は、「Journal(ジャーナル)」アプリによって、それらを日付単位で統合する体験を提示し始めている。X や Meta へのカウンターであり、開かれ場 SNS の危険性と中毒性に対する Apple なりの解決策だ。

今日、誰と話して、どこにいて、何を感じていたか。これらの記録が、自然言語でまとめられ、“記憶を持つ AI”を育て始めている。しかも、もちろんそれらがすべて端末の中で完結している。

クラウドに集約するのではなく、ユーザーの中にだけ存在する AI が、育ち始めている。

クラウドを拒否して AI は人格を持つ

Google の AI は、誰にとっても同じモデルだ。少なくとも今のところは。ChatGPT も、Claude も、Gemini も、基本的には「パブリックな知性」として設計されている。

だが Apple の AI は違う。“あなたの中にしか存在しない知性”を育てようとしている。

Apple の戦略は、クラウドの否定ではなく、クラウドへの“諦め”から始まったのかもしれない。だがその制約が、結果的にまったく別の可能性を生んでいる。

人格を持つ AI、記憶を持つ AI、あなたとだけ過ごした AI。それは、クラウドには絶対に実現できない領域だ。

クラウドを拒否した AI は、人格を持つに至るだろう。

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