クラウドも、AI も、すべては電気の上に乗っている。計算は抽象的に見えて、その実体はワットだ。GPU を回すにも、ストレージにアクセスするにも、ネットワークを維持するにも、すべては電力を必要とする。
つまり、デジタルの支配権とは、電力の支配権そのものである。
「データの主権」とは、「電力の主権」を獲得することに他ならない。どこの国であっても、企業であっても、次の時代においてインフラ基盤を維持し発展させようとするならば、確保すべきはサーバーでも、ソフトウェアでもない。土地と電気だ。
土地があり、持続的なエネルギーがあり、災害に強い地域。そこにこそ、次世代のデータと AI の基盤が築かれる。
結果、インターネットの構造はすでに“中央”ではなく、“多極分散”に向かっている。拠点の数と、そこに流れ込む電力の信頼性こそが、競争力とされる時代になる。
今までは「電気を売ること」が再生可能エネルギー事業の出口だった。必要な電力総量は増すものの、電力消費の形は従来型の重工業主体では無くなりつつある。だがこれからは、「電力を効率よく計算に使うこと」が電力の出口になっていく。
電力の地産地消とは、もはやライフスタイルの話ではなく、インフラの独立性を守る地域の戦略になるべきだろう。これから先に問われるのは「土地にどれだけの電力を安定的に供給できるか」になる。
だからこそ、「ワットとビット連携」が問われている。そして、そこに残された可能性が、日本の地方には、まだある。
