全くどうでも良い話ですが、珍しい体験をしました。ホクロのレーザーによる除去治療を受けてきたのです。
レーザー治療を受けてみた


全くどうでも良い話ですが、珍しい体験をしました。ホクロのレーザーによる除去治療を受けてきたのです。
18日は誕生日でした。1年の始まりよりも、僕は誕生日の方がむしろ区切りという感覚があるので、この機会にこれまでのことを振り返り、そしてこれからのことを考えてみました。そのことを多少は残しておきます。
無駄な努力というか、誰の救いにもならないことかもしれないのですが、そもそも食事に費用をかけ過ぎる必要は無いのではと、常々思っています。
別に、ケチをしたいわけではありません。食費を削りたいと思っているわけでもありません。それに、日本の食事は値段が不当に安すぎるのではないかとも思っています。だから、これは単に個人的な実験的思考として、あるいは修行として、取り組んでみてその後の感覚を知りたいという欲求で思いついています。
当たり前のように選択していたことが、実は翻って見つめてみれば、危険な判断の繰り返しだったのかもしれないと思うようになりました。これを学習と呼ぶのでしょうか。
自分には縁のないハイブランドですが、先日たまたまそういう店舗に立ち寄ることがあり、値段を見て疑問が湧いてきました。それに、いまだに応えられずにいます。
牛丼をべながらふと思いました。果たして、早い・安い・うまいの三拍子が揃った場合に、それに対抗することは可能なのかと。無理じゃないでしょうか。
仮に言われる通りに全てが完璧だったとして、そのお店は何を犠牲にして三拍子を揃えたのでしょうか。この三拍子を揃えることで失うもの、三拍子とは同時に成り立たないものが、対極になるはずです。
先日、六本木ヒルズの森美術館で開催中のサンリオ展を観てきました。なぜかというと、はじめて New York に行った時に Times Square で堂々と陣取るキティーちゃんを観て、家電大手メーカー以上の強さを感じてから、その歴史に興味を持っていたからです。
人にうまく頼ることができると言うのは、素晴らしい能力だと思います。その能力を持っているか持っていないかで、長期的に得られる成果は劇的に変わるし、本人やその周囲の人の幸福度も変わってきます。きちんとお互いに役割を持ち、共存しあえる関係を作れるのだから、生産性以上に幸福度の観点から、優れています。
日本でも新型コロナウイルスワクチンの接種は順調に進んでおり、ようやく緊急事態宣言も全面的に解除される見通しになりました。忘れないうちに、今回のワクチン接種加速に貢献した職域接種について思うことを残しておきます。
大変共感する Tweet を見ました。 情報過多の時代に伝えたいことを広く届けるために意識しておくべき見解です。